多様性を「勤しむ」 vol.3
「イシコ」というカタカナの名前で活動しているが、年に一度くらい「石子」様で葉書が届くことがある。どうも「コ」という響きは、頭の中で「子」に変換されやすいらしく、「子」と変換することで、女性的なイメージがつき、ゲイもしくは、トランスジェンダーと思われることも多い。
「連れて行きたい店がある。」
ある晩、高校時代の同級生が、女性が隣に座ってお酒を作ってくれる店へ連れて行ってくれた。僕の隣に、きれいな若い女性が座り、ウィスキーの水割りを作ってくれた。彼女は、最近、モロッコに行って性転換の手術をして帰ってきたばかりだとあっけらかんと言った。
「へぇ、そうなんですかぁ。」
平静を装って相槌をうちながらも、僕の内心は、かなり動揺していたと思う。しかし、好奇心の方が上回っていたようだ。人見知りも忘れ、彼女に次々と質問を投げかけていた。
「あなた、●×ちゃん口説いちゃダメよ。この店で一番人気なんだから。」
女装した長い髪のおばさんが僕に声をかけてきた。
「この人も『いしこ』って言うんだよ。」
僕を店に連れてきてくれた同級生が女装のおばさんを紹介してくれた。改めて挨拶を交わした後、彼女はマイクを握った。会話の声とは違う太い声で歌い上げる「マジンガーZ」。風貌と声のギャップに、僕は腹をよじって笑っていたが、あまりの巧さに最後は聴き入ってしまった。
「いしこ」さんは、昼間は会社員として一般企業で働き、夜は女装してこの店で働くという生活を送っている。奥様も子供もいて、家族は彼女のライフスタイルを知っている。子供の運動会にも行くし、町の行事にも参加し、町内で回ってくる役もこなす。
話を聞きながら、LGBTの区分けを考えている自分に気づき、頭をふった。LGBTの区分けなんて、どうでもいいのだ。自分の縁のあった場所で、腹を据えて暮らし、日々、勤しむ…それだけで幸せなのである。
あの日以来、彼女の店に行っていない。今度、会ったら聞いてみたいことがある。「いしこ」の表記は、ひらがななのかカタカナなのか、はたまた漢字なのか。そういえば、昔、僕宛の葉書に「石固」様って書いて送ってきた人がいたなぁ。確かに僕の頭は固いけどね。
イシコ
女性ファッション誌編集長、WEBマガジン編集長を歴任。その後、ホワイトマンプロジェクトの代表として、国内外問わず50名近いメンバーが顔を白塗りにすることでさまざまなボーダーを取り払い、ショーや写真を使った表現活動を行い話題となる。一都市一週間、様々な場所に住んでみる旅プロジェクト「セカイサンポ」で世界一周した後、岐阜に移住し、現在、ヤギを飼いながら、様々なプロジェクトに従事している。著書に「世界一周ひとりメシ」、「世界一周ひとりメシin JAPAN」(供に幻冬舎文庫)。
セカイサンポ:www.sekaisanpo.jp