47都道府県の「ゲイ民性」 vol.2 「京都」(後編)
「この店ははじめてですよね?どちらから?」
犬のマークのブランドのトレーナーを着た店主から、おしぼりを手渡され、東京からと言うべきか一瞬、躊躇した。京都の人は大阪や神戸と京阪神を一緒にすると嫌がる傾向にある。そして、もうひとつ、東京という地名を出すと微妙な空気になる場合があるのだ。大阪とは、また違った、古都のプライドのような敵対心を感じることがあるのだ。だからと言って、嘘をついても仕方がないし、考えすぎているだけの気もするので、素直に東京からだと答えた。
隣の男性が再度、こちらをちらっと見た。棘のある視線である。そして、再び視線を目の前のグラスに戻し、口につける。彼が飲んでいるのは店主の後ろにずらりと並ぶキープ用の鹿児島の芋焼酎「三岳」のようだ。この店の常連なのだろう。
「東京はいいわよね~」
店主が東京の話を広げようとしたが、肘をつき、つまらなそうに、細い煙草をふかすぼっちゃり男の姿が目に入り、話題が広がらないよう壁に貼られた手書きの小さな貼り紙を指した。おススメとして書かれていたチリワインのハーフボトルだ。その隣には、額に入った鴨の絵がかかっていた。
店主は東京の話をやめなかった。どうやら、この店は東京からの出張客も多いらしい。しかし、2008年のリーマンショックで不景気に陥るとその余波が、この店にも流れ込み、出張客がどんどん減って行った。日帰り出張が多くなったのである。それが安倍政権に変わり、アベノミクス効果なのか、客足が戻り始めているそうだ。
「京都のゲイバーは15軒くらいあると思うけど、できては消え、というのもあって、常時、残っているのは10軒程度じゃないかなぁ」
店主は、「ね?」と、ぽっちゃり男に話をふるが、「わかんないわよ」とそっけない答えで、続けざまに煙草を口にして、火をつけた。
ぎこちない空気を感じながら、チーズをつまみ、冷えたチリワインを飲み続けた。
「どう?このチリワイン美味しいでしょ?」
グラスが空きそうになり、店主が気を遣って注いでくれる。ぽっちゃり男が発する寄せ付けないオーラは強烈だった。
しかし、ぽっちゃり男と店主の外国人のゲイの客の話は興味深かった。元々、京都は外国人観光客が多い場所だが、このところ、その勢いに拍車をかけており、街を歩いていると日本語より外国語が飛び交っている方が多いときもある。
「元々、この店に来る欧米人のお客さんは多いけどね。理由?口コミじゃないかなぁ、後は、やっぱり中国人が多くなったのは感じるかな。台北は元々、多かったからね。ほら、あそこはフレンドリーだから」
台湾ではなく、台北と地名で呼ぶのは、おそらく東南アジア最大のゲイパレードが開催される場所で、昨年の秋は8万も動員する程に育っているからだろう。
「そうそう、韓国人は少ないわね」
韓国は元々、宗教的にもLGBTに対しては寛容な国ではないので、なんとなくわかる気はする。
最後まで、ぽっちゃり男と話すことはなかった。雑居ビルを出ると振り返って見上げた。先程いた店の看板が青白く光っている。
「京都人で、ゲイってことは二重にも三重にも壁があるってことだからね。一回や二回行ったくらいで心を開いて話してくれるって思わない方がいいよ。よっぽど好みだったら可能性はあるけど。京ことばって知ってる?古いって言われるけど、今も日常では確実に残っているからね」
知人のアドバイスが頭を過った。「ぶぶ漬け(お茶漬け)いかがどすか?」というのは、「そろそろ帰ってください」といった話など、京ことばには、表面状の言葉に隠された意味があるというのは、よく耳にする。あのまま長居していたら、ぽっちゃり男に言われたかもしれない。
京都の「ゲイ民性」
京都人でゲイってことは二重にも三重にも壁があるということ。心を開くには時間がかかる。
ブッチ
高校卒業後に映画の都ハリウッドに行くことを真剣に考えたが、周囲に猛反対をされ、しぶしぶ大学に進学。しかし、年間1,000本以上の映画を観る映画オタクになっただけで、映画の道はあきらめきれずに映画会社にもぐりこむ。そこから、ズブズブとエンターテインメントの世界の底なし沼に嵌まり込み、今、人生の道を見失っている途中。次の分岐では、右に行くか、左に行くか。